空蝉
礼をされるようなことをしたつもりはないし、むしろあれは罪悪感からの行動だったのだが。

美雨は律儀にも、わざわざ俺のために、と、思ったら、素直に嬉しくなり、ヨシキは「ありがとう」と言った。



「何か、ごめんね。病み上がりなのに、余計な気を遣わせちゃって」


ヨシキは「ちょっと待ってて」と美雨に言い、走って近くの自動販売機まで行った。

ホットの飲み物を購入し、急いで戻る。


美雨の手にそれを握らせたヨシキは、



「寒いでしょ? また熱出ちゃいけないし、これ飲みなよ」


美雨は困ったように笑い、「逆に気を遣わせちゃってすいません」と頭を下げた。



「あなたは飲まないんですか?」

「俺は寒い方が好きなんだ。あと、猫舌だし」

「でも、私の所為でモデルさんに風邪を引かせるわけには」

「いいの、いいの。俺なんてカメラの前でポーズ取ってただ笑ってればいいだけだから」


普通に言ったつもりだった。

だが、美雨はなぜか顔をうつむかせる。



「どんなに辛くても笑えるなんて、すごいですね」


嫌味かと思った。

だから、少し、棘のある言い方で返してしまった。



「俺だって別に、好きで笑ってるわけじゃないよ。ほんとは悲しいことばかりだ。でも、泣いても許されるわけじゃないから、笑ってるしかないんだよ」

「………」

「華やかな世界にいるやつには悩みなんてないって思ってる? 自分と違う人種だとでも思ってるなら、それは間違いだよ。俺だってただの人間だし」


自嘲気味に言った。


美雨はよろよろとベンチに腰をつける。

自らの左手首に目を落とした美雨は、



「そうだとしても、あなたと私は違います。私は人殺しです」
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