空蝉
「だからいつまで経っても片付かねぇんだよ」


ちゃっかりビールの缶を受け取りながらも、ぐちぐちと言う充に、エミは、



「あら、お昼はちゃんとしようとしてたのに、そんな私を押し倒した人は誰かしら?」

「うるせぇよ。てめぇだってまんざらでもなさそうな顔してたじゃねぇか」

「何よ!」


ヒステリックに叫ばれ、充は諦めたのか、「はいはい、どうもすいませんでしたぁ」と、棒読みで言った。


充はいつの間に、こんなに温和な人間になったのだろう。

昔は何かあるとすぐにポケットからナイフが出てきていたというのに。



「丸くなったよね、充さん」


しみじみと言うヨシキ。

なのに、横から口を挟んだエミが、



「でしょ? ちょっと太ったと思わない? お酒ばっか飲んでるからよ」


そういう意味で言ったわけじゃないんだけど。

っていうか、率先して酒を持ってきたエミちゃんがそれを言う?


言いたいことは色々あったが、言ったら怒られそうだったから、やめといた。



目が合うと、充は困ったような顔で、



「な? 俺の苦労がしのばれるだろ?」


と、冗談とも本気ともつかないことを言う。


でも、何だかんだで仲がよさそうなのはわかる。

充がエミを見る目が、ひどく優しいものだったから。



「いや、羨ましいよ、素直に。俺もそういう苦労なら買ってでもしたいよ」


ビールの缶を傾ける。


誰も、何の言葉も返してくれない。

だから、笑い話のつもりで言ったのに、何だかすごく虚しくなった。

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