空蝉
まだ雨は止まない。
車はどこに向かって走っているのかわからない。
しばらく無言だった翔は、アユを一瞥すると、
「どうする? 親、平気か?」
「あ、うん。うちの親は連絡さえしとけば遅くなっても何も言わないし」
「じゃあ、まだ帰らなくていい?」
「え? まぁ、大丈夫だけど」
どこに行くの?
時刻はすでに深夜1時を過ぎている。
翔はまたアユを一瞥し、
「だったら、それ、冷やしてから帰った方がいいぞ。親に気付かれたらめんどくせぇだろ」
『それ』とは、康介に張られた頬のことだろう。
鏡で見てないからどうなっているかはわからないが、まだちょっと熱を持っているし、腫れてる気もする。
それに、多分、泣き腫らした目も真っ赤だろう。
アユが「うん」としか言えずにいると、翔は「うち近いから」と言った。
「茶でも飲んで、落ち着いてから帰ればいい。どうせ夏休みだから学校ねぇし、朝までに帰れば問題ねぇだろ?」
アユはまた「うん」としか言えなかった。
助けてもらっておいて、このまま帰るとも言えなかったから。
それでもアユが顔をこわばらせていると、
「別に何もしねぇよ。俺そこまで鬼畜じゃねぇし」
アユはやっぱり「うん」としか言えなくて。
車はどこかのマンションの駐車場に入っていく。
雨は相変わらず、止む気配がなかった。