空蝉
ここが繁華街から近い場所だろうなという以外は、わからない。
車を降りた翔の後に続くことしかできないまま、アユはエレベーターに乗った。
6階で降りた翔は、さらにそのまま、通路の一番奥まで行った。
ドアを開け、「入って」と言われるままに、アユが靴を脱いで部屋に上がると、翔はアユに、タオルで包んだ保冷剤を渡してくれた。
「それ当てとけば少しは違うだろうから」と、翔は言う。
続いて冷蔵庫を漁った翔だったが、
「あ、やべぇ。茶ねぇや。ビールしかねぇ。飲むか? ジュースのがいいなら、買ってくるけど」
「ビールでいいよ」
飲まなきゃやってられないという気持ちが、今初めてわかった気がした。
翔は散らかっていたテーブルの上を適当に片付け、そこにビールとつまみを広げた。
乾杯もそこそこに、アユが一気にビールを流し込むと、翔は「ぶっ倒れるなよ」と苦笑い。
翔は、康介の話はしなかった。
ただ普通に酒を飲み交わして、たまにくだらないことを言って笑わせてくれて。
その頃には、恐怖も悲しみもなくなっていた。
翔のこともちょっと聞いた。
「21歳」で、「仕事はしてない」けど、「特に金には困ってない」らしく、「暇だからいつも街にいる」らしい。
で、「女が勝手に寄ってくる」から「適当に相手してやってるだけ」で、「別に誰のことも好きじゃない」のだそうだ。
「付き合うとかめんどくさい」ので、「お互い気楽に遊びって感じ」で、「その場が楽しければいい」らしい。
どこまで真実かは知らないが、嘘かどうか探る必要も特にはないので、そういうことにしておいた。
アユのことは聞かれなかった。
しかし、つい先日までは見てただけで、最近ちょっと話すようになった程度の相手なのにと思うと、不思議でしかなかった。
酒の所為なのか、何だかずっと昔からこういう風に過ごしていたとさえ錯覚してしまう。