空蝉
「いきなり嫌がられる意味がわかんねぇ」


ムカつく、ムカつく、ムカつく。

アユは唇を噛み締め、



「じゃあ、『真理』って誰なのよ! 寝言でまで呼ぶような女がいるんだから、私にかまうことないでしょ!」


金切り声で言ったら、翔はこちらを見てひどく驚いた顔をする。

しかし、また正面に顔を戻し、



「お前、多分、勘違いしてる」

「はぁ?」

「寝言とか知らねぇけど、真理はお前が思ってるのとは違ぇよ」


翔は、唇の端から長く煙を吐き出した。



「真理は妹だよ。4年前に死んだ、俺の妹だ」





「自殺だった」と翔は言った。

「いじめられてて、学校のトイレで首を吊った」と。



「兄の俺が言うのも変だけど、真理は、可愛くて、めちゃくちゃいい子だった」らしく、

「最初の発端は、真理が友達の好きなやつと付き合い始めたことで、無視された」みたいで、

「そこから徐々にいじめがエスカレートした」のだという。



翔は何も気付かなかったそうだ。

「真理はいつも笑ってたから、まわりは誰ひとりとして気付かなかった」らしい。


で、翔やまわりから見れば、ある日突然に、『真理』は命を絶った。



「うちは母子家庭で、母親は女手ひとつで俺らを育ててたから、余計、心配させるようなことは言えなかったんだろうな」


翔は泣きそうな顔で言った。



翔の母はいわゆる「愛人」で、「奥さんと子供のいる人を好きになって、未婚のまま俺らを生んだ」らしい。

だから、「それもいじめられた要因のひとつだった」みたいだ。
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