空蝉


食事を終えて、翔はアユをドライブに連れて行ってくれた。

そして到着した場所は、高台にある、街を一望できる公園だった。


風が気持ちいい。



「すごーい! こんなところがあったなんて、私今まで知らなかった!」


柵から身を乗り出そうとするアユを、翔は笑いながら「危ねぇぞ」と制した。


人が蟻みたいに見える。

こんな広い街で、アユは今、翔といることの奇跡を思う。



「お前、今日、テンション高くね? 何かいいことでもあった?」

「うーん。まぁ、そうだね。課題が終わったのもあるけど、色々とさ。こんな風に、違う角度からも見られるようになったっていうか」


アユの言葉に、翔は「わけわかんねぇ」と言う。



「けど、まぁ、いつもの仏頂面よりはいいよ」

「嫌味だぁ」


なのに、やっぱり翔は笑っていた。


何だかよくわからない間に、翔とも打ち解けてしまっている自分。

苦手意識を失くしてしまえば、そこまで拒否する理由もない気がする。



「あ! あれ、私の家!」

「どれ?」

「あれ、あれ。あそこのおっきいマンションのちょっと横に、黒い屋根が見えない?」


指差すアユ。

翔も身を乗り出すように、アユの指の先の見た。



「んー? わかんねぇよ。あれか?」

「違うって。そっちじゃなくて」


あっちだよ。

と、言い掛けて、言葉が止まる。


驚くほど近い、顔の距離。
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