空蝉
目が合うと、わかっているのかいないのか、翔は「ん?」と首をかしげた。



「何? 何でいきなり真っ赤になってんだよ?」

「うるさいなぁ。近いよ。離れて」

「照れんなよー」


にやにやにやにや。


絶対にわざとだ、こいつ。

頬擦りする勢いで寄ってくる翔の顔を、アユは必死で押し返した。



「馬鹿! 調子に乗るな!」

「はいはい。わかったから、照れんなって」


なだめるように言いながら、翔は抵抗するアユを逆に抱き締めた。

ぶん殴ってやろうと思ったアユだったが、翔があまりにも無邪気で楽しそうな顔をしているから、馬鹿らしくなってしまう。


アユは諦めたように息を吐き、翔の体にこてりと頭を預けた。



「何で私なの?」

「うん?」

「あんた、女なんて選びたい放題のくせに、何で私?」


翔は少し考えるように宙を仰いだ後、



「『好き』に理由なんかねぇよ。お前がいいと思ったから、それでいいんだ」


顔を上げたら、笑った翔に、キスをされた。

わかってたのに、避けなかったアユ。


翔はまたにやりとし、



「すっげぇ真っ赤」


今度は大爆笑だった。


やっぱり、こいつに気を許すべきではなかったらしい。

アユは口元を引き攣らせ、今度こそ翔を突き飛ばした。



「ほんとあんた、大嫌い! 二度とさせないからね!」
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