空蝉
「待て、待て。冗談だっつーの。おーい。アユ。アユちゃーん」


きびすを返したアユを、翔は猫なで声で追ってくる。

アユは憤然としたまま足を止めて振り向き、



「私、絶対あんたとなんか付き合わないからね」


強く言ったのだが。

翔はまたおかしそうに笑いながら、



「うん。でも、お前もう俺のこと好きだろ?」


いや、それはそうなんだけど、素直に認めてやりたくもない。

大体、どこからこの自信は湧いてくるというのか。


アユはもはや、呆れて物も言えなくて。



「意地張るなよ。怒った顔ばっかしてっと、ブスになるぞ」


放っとけ。

自分の発言が余計、アユを怒らせていると、わかっているのかいないのか、



「な? だから、機嫌直せって。あ、アイス食うか? この近くに、雑誌で紹介された有名なアイス屋があるんだけどさぁ」


翔は相変わらず勝手な言動で、口元を引き攣らせるアユの肩を抱く。



「で、帰ったら俺の部屋に行かない?」

「行かない。絶対に無理。アイスごときで釣られるほど安い女じゃないのよ、私は」

「馬鹿。あそこのアイス、すげぇ高いんだぞ」

「そういう問題じゃないでしょ!」

「じゃあ、何?」


きょとん顔。


私はもう、諦めるしかないのかもしれない。

アユは悟りにも似た気持ちで、ため息を吐いた。



「もういいよ。とりあえず、アイス奢ってね」
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