空蝉
ちひろは中学3年の時のクラスメイトだった。
賢くて、真面目で、クラス委員長もしていたちひろ。
当時のカイジにとっては、ちょっと口うるさくてうざったいだけの、見た目だけで言えばまったく目立たない、ただのクラスメイトでしかなかった。
けれど、卒業式の日に、なぜか告白された。
「ずっと好きでした」と。
俺のどこをどう見てそんな気持ちになったというのか。
翔でもヨシキでもなく、どうして俺だったのか。
むしろ何かの罰ゲームで、俺はからかわれているのではとすら、その時は思った。
だから無視しようと思っていたのだが、他の女子から「ちひろちゃんは本気なんだよ」と、お節介にも鼻息荒く言われてしまったのだ。
盛りのついた思春期のカイジは、確かに“そういうこと”にも興味はあったし、一人前にも女と付き合ってみたいという欲求もあった。
そこで、まぁ、いいや、という気持ちのまま、ちひろと付き合うことになったのだ。
あれから5年半。
何度も大喧嘩をして、その度に、別れたり戻ったりを繰り返してきた。
今ではもう、生活のズレも手伝い、一緒に出掛けるようなことすらなく、ただ、たまに会ってセックスをするだけ。
これが付き合っていると言えるのか。
もうよくわからない。
わからないことだらけだ。
曖昧なままにしておくことで逃げているうちに、本当に何も見えなくなってしまった。
思い返せばそれは、4年前からだったのかもしれない。
真理が死んだことで、変わってしまったのは、翔やヨシキだけではない。
恨む気持ちはないが、それでも悲しくはなる。
カイジは「ごめんな」と呟き、寝ているちひろの頬にキスをした。