空蝉
向こうから聞こえてきたふたつの足音に、カイジははっと我に返った。

見るともなしに顔を向けると、カップルらしき男女が、何か話しながら階段をのぼってきていた。


イチャついてんじゃねぇよ、うぜぇ。


心の中で毒づいて、舌打ちする。

とはいえ、俺もいつまでもこんなところにいても仕方がないのだし、さっさと帰ろうと思い直したのだが、



「……カイジ?」


聞き慣れた声。

カップルの男の方が駆け寄ってくる。


翔だった。



「お前、こんなとこで何やってんだよ?」

「放っとけ、馬鹿」


考えるより先に、喧嘩腰な言葉が出てしまった。




翔の横の女を見た。

手を繋いでいるところを見ると、これが例の『好きな女』か。


ちょっとギャルっぽい見た目のそいつ。


どこの馬の骨かは知らないが、名前は確か、アユだかサバだかシャケだかだったような。

何でもいいが、真理とは似ても似つかない顔をしていたので、カイジは馬鹿馬鹿しくなって笑いが漏れてしまった。



翔はそんなカイジを見て取り、怪訝に眉根を寄せ、



「何だよ? 酔っ払ってんのか?」

「別に」


本当は、ちゃんとわかっている。

誰より翔自身が、真理の死から立ち直りたくてもがいていたことを。


翔は、きちんと人を愛せるやつなのだと。
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