空蝉
過去ばかり見ていたのは、俺の方だ。



あの頃に戻りたかった。

何の悩みもなく、ただ楽しいことばかり追い求めていた、あの頃に。


だからそのすべてを、カイジは真理の死の所為にしていたのだ。


それを受け止め、受け入れられなかったのは、翔ではなくてカイジだったのだろう。

真理が死んだという事実は消せないのだから、その上で、前に進むしかないはずなのに。



「ごめんな、翔」


かすれた声で言ったカイジは、顔を覆った。



「は? 何だよ、いきなり。気持ち悪ぃよ。マジでお前、大丈夫か?」


顔を覆ったそのままに、カイジはその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。

ついに涙が出たと思ったが、顔を覆う手の平には、やっぱり一滴の水分もなくて。



「ちひろと別れた」


脈絡のない言葉が口から漏れる。


だからどうしたというのだ。

言ったからって、どうにもならないのに。



「ねぇ」


そこで初めて女が口を開いた。

カイジが顔を上げると、



「これ、あげる」


ハンカチが差し出された。

カイジは驚いて、でも次にはいぶかしく思った。


女はカイジにハンカチを押し付け、



「泣きたいなら泣けばいいと思うよ」

「俺がいつ泣きたいなんて言った?」

「言ってないけど、そんな顔してるじゃない」
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