空蝉
「ねぇ、ちょっと待って。私たち、いつ付き合うことになったの?」

「は? お前、それはねぇだろ。さっきだって」

「私、言ったよね? 『無職の人と付き合う気ない』って」

「いや、でもそれはそれっつーか」

「とにかく、私はあんたと付き合ってるなんて思ってないし」


ふたりのやりとりを見ていたら、本当に、こんなことでうじうじとしていた自分が馬鹿らしく思えてきた。


勝手にやってろ。

内心で吐き捨て、カイジは気にせず、きびすを返した。



「バカップルめ」


それはカイジなりの、最大級の祝辞でもあるのだけれど。

思い出したら、また少し笑ってしまった。




翔は、きっともう、大丈夫だと思う。

何の根拠もないけれど、カイジは漠然とそう思った。


結局、俺は翔のために何もしてやれなかったなと、思うと少し悔しくもあるのだけれど。


もう、他人のことなど気にしない。

お互い、いい大人になったわけだし、自分のことは自分で考えるだろうから。



だから、カイジも、自分のことを考えようと思う。

自分と、そしてちひろとのことを。



ちひろと会ってどうしたいかなんてまったく考えてはいないけれど、とりあえず、謝ればいい。

カイジが謝ったら、きっとちひろは呆れたように笑って、いつもの喧嘩のあとのように、「しょうがないなぁ」と言うはずだから。




闇のような色をしていた空から、月が顔を出した。

ちひろのアパートまでの道が照らされる。


カイジは顔を上げ、真っ直ぐに、通い慣れた道を辿った。

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