空蝉


カイジはひとつ息を吐き、ちひろの家のチャイムを押した。

少しして、ドアが開く。


パジャマ姿で出てきたちひろは、カイジの姿を見るなり、驚いたように目を丸くしたが、



「何の用? 私たち、もう別れたよね? 荷物なら今度まとめてそっちに送るから」


視線を落とし、冷たく言う。

しかし、カイジもそれで引けるはずはない。



「話、あるんだけど」

「何?」

「玄関先で話すようなことじゃない」


少しの沈黙の後、ちひろは「上がって」と言った。


部屋に上がるカイジ。

1ヶ月ほど前と、なんら変わりはない風景。



警戒しているのか、カイジから少し距離を取ったちひろは、



「話って? 私、今、体調悪いから、あまり長くいてほしくないんだけど」


明かりの下で改めて見たちひろは、言葉通り本当に、あまり顔色がよくなかった。


手短に、か。

どう言おうかと考えを巡らせたカイジだったが、結局、頭に思い浮かんだのは、



「別れたくない」


未練がましくてださい台詞だなとは、自分でも思った。

案の定、ちひろもまた驚いた顔になる。



「悪かったよ。もうあんなことしねぇから」


それでもちひろは目を逸らし、



「そんなこと言っても、また繰り返すだけじゃない。私は嫌。もうカイジくんのことで辛い想いなんてしたくない。どうせ、何度戻ったって一緒よ、私たち」

「関係ねぇよ。俺の気持ちも、お前の気持ちも、ずっと変わってねぇだろ?」
< 71 / 227 >

この作品をシェア

pagetop