空蝉
カイジはひとつ息を吐き、ちひろの家のチャイムを押した。
少しして、ドアが開く。
パジャマ姿で出てきたちひろは、カイジの姿を見るなり、驚いたように目を丸くしたが、
「何の用? 私たち、もう別れたよね? 荷物なら今度まとめてそっちに送るから」
視線を落とし、冷たく言う。
しかし、カイジもそれで引けるはずはない。
「話、あるんだけど」
「何?」
「玄関先で話すようなことじゃない」
少しの沈黙の後、ちひろは「上がって」と言った。
部屋に上がるカイジ。
1ヶ月ほど前と、なんら変わりはない風景。
警戒しているのか、カイジから少し距離を取ったちひろは、
「話って? 私、今、体調悪いから、あまり長くいてほしくないんだけど」
明かりの下で改めて見たちひろは、言葉通り本当に、あまり顔色がよくなかった。
手短に、か。
どう言おうかと考えを巡らせたカイジだったが、結局、頭に思い浮かんだのは、
「別れたくない」
未練がましくてださい台詞だなとは、自分でも思った。
案の定、ちひろもまた驚いた顔になる。
「悪かったよ。もうあんなことしねぇから」
それでもちひろは目を逸らし、
「そんなこと言っても、また繰り返すだけじゃない。私は嫌。もうカイジくんのことで辛い想いなんてしたくない。どうせ、何度戻ったって一緒よ、私たち」
「関係ねぇよ。俺の気持ちも、お前の気持ちも、ずっと変わってねぇだろ?」