空蝉
「わかった。じゃあ、もう、そこでちょっと待ってろ。吐き気止めか何かあったよな? 持ってきてやるから」

「やっ」


なぜかカイジを制しようとするちひろ。

しかし、カイジはその手を交わし、リビングに戻った。


この家のどこに何があるかくらいは熟知しているつもりだ。


カイジは迷うことなくチェストの真ん中の引き出しを開けた。

そこには小さな救急ボックスがあって、こういう時のために色々な市販薬が常備されている。



しかし、救急ボックスを開けようとしていたカイジの手が止まった。



「……何、これ……」


救急ボックスの横に置かれた冊子に、目を奪われたからだ。

それでも、信じられなくて、カイジは恐る恐るその冊子を手に取った。



「やめて!」


駆け寄ってきたちひろは、カイジの手からそれを奪い取った。

胸に抱え、「何でもないから」、「何でもないから」と、必死そうに繰り返す。


状況を察したカイジは、ため息混じりに顔を覆った。



「母子手帳じゃん、それ。お前、子供出来てんの? だから調子悪かったのか?」


青ざめるちひろ。



「別にカイジくんには迷惑かけないもん。ちゃんと堕ろすし」

「堕ろすつもりのやつがそんなもん受け取るかよ」


つい最近、姉がふたり目を生んだカイジには、誤魔化せない。

少なくとも、姉から妊娠・出産について色々な話を聞かされているため、頭でだけはわかっているつもりだ。



「ひとりで生むつもりだったのか?」


ちひろは何も言わずに顔をうつむかせた。
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