空蝉
しばらくの後、少し冷静さを取り戻したカイジは、そこで初めてちひろの足が冷えていることに気がついた。
「寝てろ」と言い、ちひろをベッドまで連れていく。
カイジはベッドに横になったちひろの手を握った。
「なぁ」
「うん?」
「前から気になってたけど、お前、俺の何がいいと思ってコクってきたんだ?」
5年半、どんなに考えても答えが出なかった疑問を、カイジは今夜初めてちひろにぶつけた。
ちひろは小さく笑いながら、あの頃のことを思い出すような顔で、
「優しい人だと思ったから」
「優しい? 俺が?」
翔でもヨシキでもなく、俺が?
「カイジくんはね、いつもみんなのためを考えてる人だと思ったの。自分を犠牲にしてでも、人の幸せを考えてる人」
「………」
「誰も気付かないかもしれないけど、私はちゃんとわかってるよ。だから、好きになったの」
ちひろはカイジの手を握り返す。
ちひろのあたたかなぬくもりが伝わってくる。
「赤ちゃん、カイジくんみたいな人になるといいね。ちょっと目つきは悪いけど、想いやりに溢れてる子」
カイジは顔を覆った。
泣けて、泣けて、しょうがなかった。
カイジはそれでも鼻をすすり、泣き笑い顔で、まだ平べったいちひろの腹を撫でた。
「ここにいるんだな」
「そうだよ。ここに新しい命があるんだよ」
14歳で死を選んだ真理のことを想う。
失ったものと、これから生まれゆくものを。