空蝉
母の言葉には、嫌悪感が感じられる。

まぁ、それも当然と言えば当然なのかもしれないが、充は面倒になって舌打ちしそうになった。


何も言わなかった充に、母はさらに怒った顔になり、



「あなた、まだあんな子と会ってるの? その上、この家にまで入れて。あんな薄汚いドブネズミみたいな子、気持ちが悪いと思わないの?」


充は無視してリビングを出た。






母は翔を毛嫌いしている。




愛人の子で、父にそっくりな顔をしている翔。

その上、父は身寄りがなくて可哀想だからと、翔の生活の面倒まで看てやっているのだから。


母がそこまでするなと言いたくなる気持ちはわからないわけではない。


けれど、充にしてみれば、半分だけとはいえ、確かに血の繋がった弟なのだ。

翔には何の罪もない。



人を『薄汚いドブネズミ』呼ばわりする母の形相の方が、充にとっては『気持ちが悪い』と思う。



だからといって、母を嫌いにもなりきれない。

どんな人であろうと、母は自分にとっては血の繋がった母であり、そして可哀想な女でもあると思ってしまうから。


母は、誰かを恨まなければ心を保てない人なのだ。


そんな母にそっくりな顔をしてる充は、だから自分が嫌いだった。

俺も母同様、いつかは鬼のようになるのではないか、と。




愛人を失ってもなお、家に寄り付こうとはしない父。

半狂乱の果てに、それでも意地とプライドだけで離婚しようとしない母。


宙ぶらりんのまま、充は今も、家を出るに出られないまま。

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