空蝉
食事が終わりかけた頃だった。
店のドアが開き、ぞろぞろと入ってくる、見知った顔の男たち。
男たちは充を見つけると、わざわざこちらまでやってきて、「ちゃっす!」と頭を下げた。
充は舌打ちしそうだった。
「別に挨拶なんかしなくてもいいって何度も言ってるだろ」
「いや、そういうわけにはいかないっすよ。充さんは俺らの先輩っすもん」
昔、相当、悪さばかりしていた充に憧れを抱く若いのは、今も多くいるらしい。
充にとっては迷惑でしかないのだが。
面倒になって手で払うと、男たちはまた頭を下げ、向こうの席に行く。
しかし、その時、その中でも一番若そうな男のうちの数人の、ひそひそと話す声が聞こえてきた。
どうして悪口ほど大きく耳に届くのか。
「あの人、弟のカノジョを寝取ったんだろ?」
「そうそう。腹違いの弟な。翔さんのだよ」
「で、噂の女が、今、充さんと一緒にいる人だろ?」
「うっわー。無理、無理。気持ち悪ぃよ」
「俺は女の方が気が知れねぇけどな。同じ血が入ってりゃ、どっちでもいいのかよって」
「充さんも翔さんも、顔も性格も全然違うのにな」
「金目当てじゃね? あそこの家、すげぇ金持ちだもん」
「でも、翔さんも翔さんだろ。カノジョを寝取った兄貴と今も普通に仲よくやってるなんて、それこそ頭おかしいよ。俺ならキレる」
「案外、3人で乱交でもしてんじゃね?」
男たちは、酒が入っているからなのか、次第にヒートアップしていき、最終的には「ぎゃはははは」と笑っていた。
さすがに聞こえたらしいエミは、あからさまに怒った顔をして、「行きましょうよ」と言った。
充も無言のままに席を立つ。
人の噂が75日で消えるなどというのは迷信だ。