空蝉
これにはさすがの充も驚いた。

エミの涙を見たのは、翔が警察に捕まった時以来だったから。


しかし、エミは充の問いに、首を左右に振って見せるだけ。



「何かあったんじゃないのか?」


もう一度、問うてみても、やっぱりエミは首を振る。


言えないのか、それとも言いたくないのか。

充はひとまず聞くのを諦め、エミの背中をさすってやった。



「落ち着けよ。な? とにかくここじゃ寒いし、中に入れよ」


たしなめるように言う充に、エミは顎先だけで小さくうなづく。


10月に入ってから、急に朝晩の冷え込みが激しくなった。

充はエミの肩を引いてソファに座らせ、暖房をつけてやった。



「ちょっと待ってろ。あったかい飲みもん、作ってきてやるから」


言って、立ち上がろうとした充だったが、エミによって服の裾を掴まれ、制された。



どこにも行くなということなのだろうか。

本当にどうしたのだろう。


それでも、充は仕方がないからエミの望み通り、座り直した。


顔を覆って嗚咽を押し殺すエミ。

肩を引いて、充はまたエミを抱き寄せた。



「泣きたいだけ泣けよ」


こんな風になっているエミに、無理やり理由を問いただそうという気は起こらない。

だから、とりあえず、気が済むまで泣かせてやろうと思った。


ひとりで泣かせるよりはいい。

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