十八歳の花嫁
「この邸に来て十五年、一度も声を上げて笑ったことはなかった。いや、施設にいたときもそうだ。まだ母や妹が生きていたころは笑い方を覚えていた気がするが……。さっき朋美が言っていただろう。私の母は亡くなる直前、風俗で働き身体を売っていたんだ。母の笑顔も覚えてないな。覚えているのは、『あなたを産まなければよかった』そう言って、泣きながら殴られたことくらいかな」
愛実は胸が熱くなり、彼の顔が涙に滲む。
だが、それを振り切って強引に笑顔を作った。
「じゃあ、これからはドンドン笑ってくださいね。悲しいことがあっても、楽しかったことを思い出して笑うんです。そうしたら、心が軽くなるから……。大丈夫、何とかなる、さあ頑張ろう! って思えるの」
「……成せば成る、か。だが、どれだけ頑張ってもできないこともあるだろう? 君も絶望を知ってるはずだ」
それは、初めて会ったときの愛実の状況を指して言っているのだろう。
藤臣の言うとおり、絶望を抱えることもある。
旧伯爵家の肩書きなど要らないから、普通の家庭と父を返して欲しいと神様に願ったこともある。
それでも……。
「もう本当にダメだと思ったときに、藤臣さんに出会えたの。だから、きっと何とかなるわ。諦めずに、笑って自分を励ましていたら、父もおじい様も見守ってくださると思うから……。藤臣さんの亡くなったお父様やお母様、妹さんもきっと」
藤臣は背中を向け……
「だといいな」
掠れた声で呟いた。
愛実はまだ、美馬の実父が一志だとは知らされていなかったのである。