十八歳の花嫁
五万、十万と作っても、翌月には倍の百六十万円になってしまう。
それは、今の愛実に到底返せる金額ではなかった。
「なあ、お嬢ちゃん、あんた十八になったんだよな?」
「は……い」
それまで後ろにいた男が、にやにや笑いながら愛実の隣に立った。
酒臭い息が頬にかかる。顔をしかめ、できる限り身体を引くが……。
「そりゃあよかった。フロで働いて返せば八十くらいすぐだ。――さあ来いよ!」
いきなり手首を掴んで引っ張られたのだ。愛実は恐怖のあまり悲鳴を上げる。
「いやぁっ! 離して」
男は逃げようとする彼女を強引に引き摺り、車に乗せようとした。
この付近は安アパートが密集している。
正直、治安はあまりよくない。ましてや、愛実の家に闇金業者が来ていることは周囲の誰もが知っていた。
ちょっとした親切心から、殺されないとも限らないご時世だ誰も関わり合いになりたくないのだろう。少女の悲鳴にカーテンすら開く気配はなかった。
「あんたが嫌なら妹でもいいんだ。中一なら男の相手は務まるよな」
「やめて! やめてください。妹には手を出さないで!」
真美(まさみ)にだけは、身体を売るような真似はさせられない。
愛実は抵抗をやめ、黙って男たちの車に乗せられそうになる。
「姉さん!」
アパートのドアから飛び出し、階段を駆け下りてきたのは、すぐ下の弟・尚樹(なおき)だった。
「こんな真似して、ただ済むと思ってんのか? 警察に通報してやる!」
姉の手を掴む男に尚樹は飛びついた。
次の瞬間、中学三年のわりに小柄な弟は顔を殴られ、地面に突き飛ばされていた。
「まだ子供なのよ! 乱暴なことはしないで!」
「借りた金を返さない、おまえらのお袋のせいだろうがっ! 恨むならバカな親を恨め!」
男の怒声が深夜の路上に冷たく響き渡った。