十八歳の花嫁
☆ ☆ ☆
しばらく走って藤臣は路肩に車を停めた。抱き付くように、ハンドルに顔を伏せる。
(愛実を泣かせたかもしれない……)
迂闊にも近づき過ぎた。
あんな風にキスしたことで、愛実に期待を持たせてしまったのだ。
衝動に突き動かされ、彼女を欲しいと思うときはいい。だが、その熱が引くと後味の悪さだけが彼の中に残った。
愛実を妻にして、ごく普通の家庭を築くことができたらどれほど幸せだろう。
だが――。
藤臣が愛実に告げた『祖母の財産を相続したい理由』のほとんどが嘘なのだ。
会社を継ぎ、美馬邸を彼の名義にしたときは……会社も家もバラバラにして叩き売る。家族の将来も、社員の生活も知ったことではない。
ただ“美馬”の名が付いたすべてを踏みにじり、粉々にしてやりたい。
その一念で、彼は生きてきたのだ。
(この結婚が、人を不幸に陥れるためだと知れば……愛実はどうするだろう)
憎かった。
“美馬”のすべてが、自分の中に流れる血さえも、藤臣には憎くて堪らない。
愛など、生まれたときから一度も与えられた記憶がない。愛実は、藤臣の両親も彼を見守っている、と言ったが……それはあり得ないことだ。
一志が藤臣を相続人に指定したのは、息子が彼ひとりだったからにすぎない。
貧しい家の出身だった一志は、その商才だけで身を立てた男だ。美馬の婿養子になり企業家としては出世したが、弥生の両親が存命中は何ひとつ自由にならなかったという。
彼が暴君に変わったのは、弥生の両親が立て続けに亡くなった後のこと。
そうでなければ、藤臣を引き取ることなど不可能だっただろう。
自分が駒にされた腹いせに、一志は他の人間を駒にした。
今度は、藤臣が彼らを駒にする番だ。
愛実は決して、恵まれた人生を送っているとは思えない。なのに、誰も恨まず人間を信じる強さを持っている。
藤臣とは生きる世界が違う。
(だが、後から付け足した言葉は……あれは……)
心にもない悪態をついたのは『なんでもない』という愛実の言葉にもたげた男の嫉妬――。
捨て切れぬ恨みが藤臣の目を曇らせ、愛実を求める心に目隠しをする。
彼は出口を失った愛情を抱え、闇の中にアクセルを踏み込んだ。