十八歳の花嫁
「……お姉ちゃん……」
階段の上で妹の真美が末の弟・慎也の肩を抱きながら泣いていた。
さすがに、ポツポツと周囲の窓に灯りが点る。
これほどの騒ぎになっても、母が出てくる気配はない。
なぜなら、途中で起きると美容に悪いと言い、睡眠導入剤を飲んで寝てしまうせいだ。おそらく今夜も、上流階級に属していたころの夢でも見ているのだろう。
父が生きていたころから西園寺家の内情は火の車だった。愛実は何度も訴えたが……。父は認めようとせず、母の生活レベルが変わることもなかった。
愛実の脳裏に、美馬の姿がよぎる。
あのお金を受け取ればよかったのだろうか?
あの男の言いなりに金をもらい、二年でも三年でも時間と身体を売り渡していたなら。今夜、このまま弟たちから引き離されずに済んだのかもしれない。
あるいは、警察に逮捕されていたら、愛実は助かったかも……。
そこまで考えたとき、彼女は男たちの言葉を思い出した。
彼女がいなければ、代わりに真美が連れて行かれただろう。それに、姉弟の実情が公的機関に知れたら、四人は引き離されるに違いない。
会った事もない親戚に預けられるか、バラバラに施設に入れられるか。
そのとき、祖母はどうなるのだろう。
「尚樹……しばらくお願いね。借金を返したら、姉さんすぐに戻ってくるから。学校にはちゃんと行くのよ。お母さんに、遺族年金の証書と印鑑は絶対に渡さないで……」
「姉さん、ダメだ。母さんがしたことじゃないか。母さんが行けばいいんだ!」
愛実は首を振った。そんな理屈が通用する相手ではない。
母が無闇にお金を調達してくるのを、黙って見過ごしてしまった愛実にも責任はある。
昔の使用人に貸していたお金を、返してもらっただけ……そんな説明を鵜呑みにしていた。
実際には、
『相続の金額が大き過ぎて、手間取っているの。少しだけ都合してくれないかしら?』
耳触りのよい言葉で、母はあちこちから無心していたのだ。
そのうちのひとりが、度々訪れる母に困り果て、金融業者を紹介したという。
愛実が事情を聞きに訪ねたとき、闇金だとは知らなかったと言われた。文句があるなら用立てた金を返せと迫られ、彼女は初めて母の行いを知ったのである。
それでも母は、
『昔はよくしてやったのに……少しくらい返してもらって当然でしょう』
まるで悪びれる様子もなかった。
紹介した人間も、相手がまともな金融業者でないと、気づかないはずがないだろう。落ちぶれ果てた旧伯爵家の威光を笠に着た、母に対する仕返しの意味もあったのかもしれない。
「十八といえば立派な大人だ。ちゃんと責任取ってもらうぞ。さあ、とっとと来るんだ!」
尚樹から引き離され、車に押し込まれる。
ドアが閉まったとき、愛実の中で人生が終わった気がした。