十八歳の花嫁
愚かな親はどこにでもいる。不幸な少女は彼女だけではない。彼自身、決して恵まれた子供時代を過ごしてはいなかった。そして今も、面倒な問題を押し付けられている。
「社長。あの少女を巻き込むのは如何なものでしょうか? 私にはどうも」
「間違えるな、瀬崎。巻き込むのは俺じゃない。あのクソ婆だ」
「しかし……」
「ちょうどいい。あの娘の弱みを握れる」
調査書に男性経験の有無は書かれていなかった。
しかし、あどけない口元と従順そうな目元。真っ直ぐに切り揃えられた黒髪の先が、胸の高さで揺れ……。見るからに清潔感を漂わせている。
(男の征服欲を見事に煽ってくれる容姿だな)
慎ましそうな少女が同じ場所に立ち続けてもう二時間。
これまでも何人かの男が声をかけるが、彼女は慌てて逃げるような仕草を繰り返していた。
金が必要なら、いずれ誰かについて行くだろう。そのほうが美馬にとっては楽になる。
だが、目の前の少女が男に組み敷かれる姿を想像して……美馬は動いた。
「社長――まさか、本当に?」
「彼女が俺から逃げられないような、既成事実を作るだけだ。計画どおりに頼んだぞ」
――夜の新宿、路肩に停めた黒い国産乗用車の後部座席から、ひとりの男が降り立った。
美馬藤臣、間もなく三十歳になる彼は、国内有数の財閥・美馬グループの一員だ。彼自身、本社の専務と東部デパートの社長を務めている。
グループをワンマン経営でまとめて来た先代社長、美馬一志(かずし)が亡くなって一ヶ月。
今、グループは後継者問題で大きく揺れている。一志亡き後、グループ最大の株を保有し、後継者を選ぶ立場にいるのが一志の正妻、弥生(やよい)。
あと数年、一志が生きてさえいてくれたら……すべては美馬のものになったのだ。彼は戸籍上、一志の孫にあたる。だが、最も後継者に近い男だった。
(死んだ人間に文句を言っても始まらない、か)
美馬は苦々しい思いで、新たな計画に一歩踏み出した。