十八歳の花嫁
「ああ、トイレの個室でもこうなってたよ。気づかなかった?」
愛実はふるふると首を左右に振る。
「君が欲しい……抱きたくて堪らない」
「そんな……ダメ、です」
ストレートにぶつけたが、愛実は青褪めて藤臣の胸を押しのけた。
しかし、ダメと言われて今さら引ける状況ではない。
「例の契約のことを気にしてるのか? あれは弥生様との件だけだ。私との結婚にも婚前契約書を作るつもりだったが、なしにすればいい。普通の結婚にしよう」
「いえ、だから……ちゃんと結婚してからでないと……本当に赤ちゃんできたら」
「妊娠が不安なら充分に気をつける。それに万一のときでも、結婚式までたったひと月だ。別に大したことは……」
「そんな、簡単に言わないで! 藤臣さんのことは好きだけど……怖いんです。長瀬さんみたいに捨てられたら、って。もし、相続の件がなかったことになったら、わたしはいらないでしょう? そのとき、子供がいたら……どうやって生きて行けばいいのかわからない」
特に無神経な台詞を吐いたつもりはなかった。
だが、愛実はポロポロと泣き始める。
「私が君を捨てるはずがない。どうしてそうなるんだ? 信じてないのか?」
「何もしないって誓ってくれた藤臣さんを信じてました。でも……」
彼はこのとき、肝心な言葉を忘れていた。
愛実が何を悲しんでいるのか、何に怯えているのか、気づかぬまま見当違いの言葉で彼女を試してしまう。
「ひと月も待てない。他の女のところに行く……と言ったらどうする?」
ヤキモチを妬いて欲しかった。
それは、好きな子をいじめる、小学生のやり方だ。
「……わかりました。それは嫌だから、藤臣さんの好きにしてください」