十八歳の花嫁
「もっと小さな病院だったな……母が運ばれたのは……俺は、生後半年の妹を抱き締めていた」
愛実の隣に立つ藤臣が、彼女と同じようにふたりの子供たちをみつめ、ぽつりぽつりと話し始める。
藤臣が八歳で母親を亡くしていたのは聞いていたが、その原因は義理の父親だった。
彼の母親に風俗で働かせ、稼いだお金をすべて取り上げていたという。
どれほど具合が悪くても、無理やり働かされ……倒れて病院に到着したときには、死亡が確認されたのだった。
「母が亡くなって、わずかな保険が下りた。奴はそれが欲しくて俺たちを施設に送らず、面倒を見ると言ったんだ。だが、半年も経たず金は底をつき……奴は俺たちをアパートの置き去りにして女と逃げた。俺は必死で妹の面倒をみたけど……すぐに食い物がなくなって」
藤臣たちが住んでいたアパートは、およそ近所付き合いがあるような地区ではなかった。
彼はそれまで一度も学校に行かせてもらえなかったという。
誰にも頼れず、日に日に弱っていく妹のために、藤臣は店先から牛乳を盗んだ。
そのとき店主に捕まり、警察に通報され、ようやく藤臣と妹の忍は保護されたのだった。
しかし……。
「忍はもう息をしてなかったよ。……冷たく、硬くなった小さな指を、俺は一生忘れない。あの男は逮捕されて刑務所に入った。だが、たった五年で出て来たんだ! 我が子を殺してもそんなものさ」
藤臣の心の傷は、自分が父親に捨てられたことだけではなかったのだ。
以前、加奈子が言っていた『父親と言えば、あの刑務所に入った男……』の意味がようやくわかった。
どうして、誰もが藤臣を傷つけようとするのだろう。
愛実は、隣に立つ藤臣の瞳が常夜灯に煌いた瞬間を目にする。
彼が少年に思え、抱き締めたい衝動に駆られた。
(あなたを愛してる、と。いつまででも、あなたがわたしを選んでくれる日を待ってると言えたら……)
だが、それを言うことはできない。
弥生は、藤臣が明後日の愛実との結婚を強行するなら、会社にも影響が出る、と言っていた。
そのうえで、愛実の決断を急かせたのだ。
理由は愛実にもわかる。
弥生は何がなんでも花婿を和威に替えたいのだろう。
愛実に時間を与えないのは、西園寺の家族を貶めたいわけではなく、これが藤臣から美馬邸を取り戻す最後のチャンスだから……。
愛実はここまで、多少腑に落ちないことはあっても、弥生には感謝の気持ちを忘れずにいた。
だが今は、これほどまで過去に苦しめられている藤臣に、どうして手を差し伸べないのか、と口惜しくてならない。
(藤臣さんを本当に救うことができるのは……)