十八歳の花嫁
見知らぬ女性の言葉に、姉の絵美は弟の博之を抱き締め、きついまなざしを向ける。
「……知らない人とは話さないように言われてますから」
「そう、お母さんに?」
「はい。それとも……病院の人ですか?」
愛実は小さく首を振り、数メートル後ろに立つ藤臣に視線をやった。
「あの男の人が、お母さんのお友だちよ。同じ会社で働いているし、お母さんが大学生のころからのお友だちなの。だから、きっとあなたたちの力になってくれるわ」
その言葉に、藤臣は鼓動が止まった錯覚に陥る。
愛実が突然そんなことを言い出した理由も、自分がどう動けばいいのかもわからない。
だが、絵美は勢いよく立ち上がると、呆然と佇む藤臣の前までやって来た。
「美馬社長さんですか? あなたが、あたしの本当のお父さんなんですか?」
そのストレートな質問に藤臣は即答できない。
「お母さんがお酒や睡眠薬を飲むようになったのは最近なんです。お母さんは、お父さんがいなくなってすごく苦労して……。お父さんがいなくなったのは、あたしが本当の子供じゃなかったから。――お母さん、昨日、言ってました。社長さんに、こんなに迷惑かけるつもりじゃなかったのに、って。あたしたちにも……学校に行けなくなってごめんねって。でも……学校に行けなくてもいいから、本当のお父さんのことは二度と聞かないから……もとのお母さんに戻って欲しい」
気丈に藤臣を睨んでいた絵美の瞳に大粒の涙が浮かぶ。
そして、元どおりに三人で暮らしたい、そう言ったとき、彼女はポロポロ泣き始めた。
目の前の少女を選べば、二度と愛実のもとには戻れない。
そしてそれは、弥生に負けを認め、膝を屈するも同然となる。
藤臣は数秒目を閉じ、覚悟を決めて口を開いた。
「そうだ。私が君の父親なんだ。君のお母さんや、君たち姉弟が幸福になれるよう、私にも力を尽くさせて欲しい」
藤臣は少女の前に跪き、その肩を抱き締めた。
それは二十二年前、母を失ったときに彼が願った“優しい手”だった。