十八歳の花嫁
藤臣は昨夜から姿を消している。
(さて、どこに隠れたか……)
暁は初めて会ったころの藤臣を思い出す。
傷だらけの少年は、近寄るすべての人間に怯え、威嚇して回っていた。
当時の暁は、父が何を考えて再婚したのかさっぱりわからなかった。
いや、父が再婚するかもしれない、ということは聞いていた。父には十年来の交際相手がいたからだ。
今の暁と同じ年のころに妻を亡くし、それ以降、ずっと付き合っていた女性。
ひとり息子が成人したから再婚するのだろうと、暁は単純に考えていた。
ところが、蓋を開けてみたら結婚相手は全くの別人。
それも出戻りとはいえ、美馬家の社長令嬢というのに驚きである。
父は家屋敷を売り払い、なんと美馬姓を名乗って美馬の屋敷で生活を始めた。
暁は迷ったが、大学卒業まで世話になることに決める。
自分たちとは違う上流階級の暮らしを垣間見たい、そんな浮かれた気分もあった。
(思えば……馬鹿なことを考えたもんだ)
父がどんな気持ちで思い出の詰まった家を売り払い、十年も付き合った女性と別れたのか、彼は何も知らなかった。
そんな自分を思い出し、暁は苦笑いを浮かべながら敷地内の林を抜ける。
彼の目の前に、白い外壁に塗装が済んだばかりの洋館が姿を見せた。
まだガラスの入ってない箇所もある。だが、内装工事はだいぶ進んでいた。
吹き抜けの玄関に立ち、暁はぐるりと見回した。
(随分、変わったな)
この洋館は暁にとっても思い出の場所だ。
今でこそセックスを楽しむようになった朋美も、大学卒業間近の暁に初めて抱かれたとき、まだ十七歳。
暁が美馬邸を追い出されるまで、ふたりは古い洋館の一部屋で夢中になって抱き合った。
愛実のように、“愛し合うふたりに乗り越えられないものなどない”そう信じていた時期が、暁や朋美にも確かにあった。
廊下をまっすぐ進み、中庭を通り抜け、暁は両開きの扉を押し開ける。
「やっぱりここか。逃げ場所は相変わらずだな、藤臣」