十八歳の花嫁
(本当に? 本当になかったの?)
愛実の中に潜む何かが、心の不安を煽り立てる。
愛だけでは乗り越えられない。
そのことを愛実は学んだはずなのだ。
(そうして六十年後も恨み続けるの? 弥生さまのように)
弥生の姿が自分に重なり、愛実は全身が震えた。
この先の人生、つらいことや苦しいこと、悲しいことがあるたびに、すべて弥生と美馬家のせいにし続けるのだろうか、と。
愛実の目の前に、金色の装飾を施された豪華な扉があった。
藤臣との結婚式では弘明が愛実の父親代わりとなり、バージンロードを歩いてくれる予定だった。
しかし、和威とは最初からふたりで入場することになったのだ。
ふたりで腕を組み、新しい人生を始める証に。
だが、いつまで経っても、和威は愛実と腕を組もうとしない。
式場の担当者が額に汗を浮かべつつ和威にソッと耳打ちするが……。
彼は唇を噛み締め、扉を睨んだまま微動だにしないのだ。
辺りに、メンデルスゾーンの結婚行進曲が鳴り響いた。
ゆっくりと扉が開く。
次の瞬間、和威の唇が切れ、白いフロックコートの襟に鮮血が滴り落ち――。
「和威さんっ! 何をなさってるんですか?」
血の色にハッとして愛実は声を上げた。
ハンカチを探すが、ウェディングドレス姿で持っているはずがない。
花嫁付添い人の女性が慌ててハンカチを差し出し……。