十八歳の花嫁

第2話 条件

第2話 条件





都内にこんな場所があったのだろうか? というほど、閑静なお邸だった。

愛実の記憶に違いがなければ、ここは田園調布の真ん中である。
レンガ造りの門柱、重そうな鉄製の門、石畳の上をゆっくりとベンツが進む。車が門から滑り込んだとき、正面玄関が見えず、彼女は声もなく驚いた。

かくいう愛実も、以前はそれなりの邸宅に暮らしていたご令嬢だ。
しかし、この邸の比ではない。

玄関前に降り立つと、門前の道路を走る車の音も、人の話し声も聞こえない。
観音開きの大きな玄関扉を通り抜けると、そこは彼女のアパートがすっぽり入りそうな玄関ホールだった。
十人程の使用人がいて、「いらっしゃいませ」と一斉に頭を下げる。

愛実も慌てて、


「あ、お邪魔いたします」


頭を勢いよく下げ、小さな声で答えたのだった。

そのまま、宮殿のようなリビングに愛実は案内された。
大川暁と名乗った男性も、弁護士も、そして美馬すらリビングにやって来る気配はない。

愛実の前にはメイドが出してくれた紅茶が置かれていた。マイセンの五つ花、三十六種類の花の中から様々な組み合わせで描かれるというシリーズだ。

マイセンは祖母の好きな食器だった。
愛実が幼いころ『アラビアンナイト』のセットを見せてもらったことがある。
祖母がお嫁入りの時に実家から持って来た物だ。アラビア風の美女や盗賊、王宮などひとつひとつ職人の手で描かれた貴重なセットだと言っていた。
父が亡くなり、家を売り払ったときにはどこにもなく、祖母に尋ねたが答えは返って来なかった。


これから何を言われるのかと思うと、とても紅茶に手をつける気にはならない。
物音ひとつしない空間がどうにも恐ろしく、愛実は『早く帰りたい』それだけを考えていた。

そのとき、音もなしに扉が開き……。


「あなたが、西園寺愛実さん、ね。愛実さんと呼んでよろしいかしら?」


紅茶が置かれたテーブルを挟み、愛実の前にひとりの老婦人が腰かけた。

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