十八歳の花嫁
三月――凍えるような寒さは日を重ねるごとに和らいでくる。
春分の日を過ぎるころには、春の気配がそこかしこに見られ、西日本では桜の開花間近という声も聞こえ始めた。
そして、小中学校が春休みに入った直後、愛実の弟たちは声をそろえて、姉に北海道へ行くよう勧めたのだった。
「え? でも……三月いっぱいは姉さんがいないと。尚樹の入学準備だって」
そんな戸惑う愛実に声をかけたのは、藤臣の養母、美馬佐和子だ。
「大丈夫よ、愛実さん。尚樹さんたちのことは、わたくしに任せてちょうだい。あなたには本当に大変な迷惑をかけてしまって……。でも、いつまでも悲しんではいられないものね」
かなり落ち込み、やつれていた佐和子だが、年が明けてだいぶ元気を取り戻してきていた。
半年前、一族の不正を内部から告発したのは佐和子の夫、弘明だった。
弘明は離婚届を残し、身ひとつで美馬家から出て行ってしまう。
もともとが、暴君であった佐和子の父が独断で決めた結婚。弘明には愛する女性と子どもたちがいたという。
愛実には仲のよい夫婦に見えたのだが、そうでなかったことに驚き、また、切なかった。
佐和子は穏やかで優しい女性だ。
その証拠に、佐和子の姉ふたりは母親を見捨てて逃げだしたが、彼女は残ってくれた。
愛実にとっては姑にあたる佐和子だが、実の母親より話しやすい女性だった。
「尚樹さんの入学式にはわたくしが出席しますから、愛実さんは心配しないで。お母さまのことも、羽目をはずさないようにしっかり見張りますからね。その代わり、藤臣さんのことお願いね」
佐和子は楽しそうに微笑む。
彼女は残念なことに子どもを産むことが叶わなかった。
父親の指示で養子に迎えた藤臣は当時十五歳。佐和子の母は養子の藤臣を邪険に扱い、藤臣自身も美馬家の人間から距離をとっていた。
そのため、佐和子は母親の真似事すらできなかったのだ。
それが今回、親の役目を果たそうとしない愛実の母に代わり、子どもたちの授業参観や卒業式に出席することになった。
とくに、四月から小学二年生になる慎也の世話は、彼女自身楽しくて仕方がない様子だ。
とはいえ、佐和子には寝たきりの母親の世話もある。
全面的に頼っていいものかどうか、愛実にもよくわからない。
「でも、佐和子さんに弟たちの面倒までは……」
「殿方は……とくに藤臣さんのような方は、あまり長い間ひとりにしておいてはダメよ。最近の藤臣さんは角が取れて、女性のほうから近づきやすくなった印象ですもの」
佐和子に真面目な表情で言われ、
「そ、それは……あの、本当にお言葉に甘えてもよろしいのでしょうか?」
愛実の気持ちはすでに、北の大地へと向かっていた。