十八歳の花嫁
弟の質問は当然だろう。だが、とても一口で説明できる事情ではない。
黙り込む愛実の本心も知らず、尚樹は信一郎を示し、とんでもないことを口にしたのである。
「あの男……母さんに現金を渡してた。姉さんの支度金とか言ってたけど……」
「嘘でしょう? そんなっ。母さんはそれを受け取ったの!? いったいいくらなの?」
「金額なんてわからないよ。でも、相当分厚かったから、百万とかそれ以上かも。そんなの、母さんが断るわけないじゃないか!」
母にお金を渡さないように頼むため、愛実は信一郎に頭を下げた。
結果、彼とのデートを約束する羽目になったのである。
その夜、愛実はお金を返すように母に迫った。
正式に結婚を承諾したわけではないこと。それに、信一郎との結婚は考えられないことを伝える。
だが、
「何を言ってるの? あなたは美馬家の花嫁に、と望まれているんでしょう? 四人のお孫さんの誰かと結婚すればいいなんて、こんな素晴らしいご縁はないわ。お金は美馬家からの支度金なのよ。あなたは旧伯爵家の娘なの。庶民のするような下働きは辞めて、お嫁に行きなさい。あの信一郎さんが嫌なら、他の方でも構わないわ。今度から、デートに誘われたらちゃんと応じるんですよ」
母はまるで話を聞こうともしない。そんな母の元に、更なる誘惑が舞い込んだ。
数日後、いきなりやって来た業者により、一家の荷物は運び出された。
引っ越し先は、なんと父が亡くなると同時に担保で奪われた旧西園寺邸。
その昔、西園寺邸は九段坂と呼ばれる場所にあったという。
曽祖父の代で成城の広い土地に移った。そのとき洋館を新築し、現在は築八十年ほど経っている。広かった土地は切り売りされ、今では百坪足らずだ。
しかし、そうは言っても、荒れ果てた広い庭と古びた洋館……ほぼ収入のない状態で、屋敷の維持ができるはずがない。
引っ越してしまえば、弟たちは転校を余儀なくされる。
そんなことなど考えもせず、母は喜んで引っ越しを受け入れてしまったのだ。
元の生活に戻れる――ただそれだけのために。