十八歳の花嫁

確かに和威はとても好感の持てる男性だ。
愛実はエプロンを外しながら、「どうぞ」とスリッパを出したのだった。


「藤臣さんの秘書の瀬崎さんから話があったと聞きました」


契約書をテーブルに置きながら、和威は藤臣のことを口にした。

昨今の不景気で、邸は誰の手にも渡らなかったらしい。アンティークとまでは言えない古い家具や調度品は売却できず、以前のままだった。

愛実はその中の少し傷んだ赤いビロードのソファに和威を案内した。

だが、彼の言葉に、お茶を差し出す手が一瞬止まる。


「困ったときに頼るのは、やっぱり好きな人ですよね。実は、あなたに贈る予定だというエンゲージリングを、藤臣さんから見せられたんです」

「いえ、あの、抜け駆けとか、そう言うのじゃないんです。何と言うか……偶然出会ってしまって……色々助けていただいて、それで」


咄嗟に、愛実は藤臣のことを庇っていた。

しどろもどろになる愛実を和威はどう思ったのか、


「わかってます。彼は僕にとって兄のような存在なんです。その……暁さんは色々心配してましたが、彼が真剣なら僕に争う意思はありませんから、安心してください」


和威は、ご存知かもしれませんが、と前置きして藤臣の過去を口にした。


藤臣は水商売の母親の元で私生児として育った。
その母親が亡くなり、小学生のころから施設で育ったという。


「佐和子叔母さんは子供の産めない人らしくて、祖父が藤臣さんを養子に、と決めたんです。でも、祖母は大反対で」


藤臣の養母・佐和子は当時三十二歳。
確かに、十五歳の少年を養子に迎えるくらいなら、姉の子供である十歳の和威と養子縁組するだろう。
弥生もそれを薦めたらしい。

だが、弥生の亡き夫・一志が強硬に言い張り、藤臣を引き取った。


「祖父は藤臣さんのことを誰より期待してました。彼は優秀だから、そこを見込んだんだと思います。でも、祖母や加奈子伯母さんたちはそれが気に入らなかったらしく……。子供の目にも理不尽にしか見えなかった。でも、僕にはなんの力もなくて……。逆に、僕は藤臣さんには助けてもらってばかりでした。だから、彼には幸せになって欲しいんです」


和威は申し訳なさそうに話し、「藤臣さんをよろしくお願いします」と頭を下げた。

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