十八歳の花嫁

和威が西園寺邸を引き上げた少し後――。
瀬崎から渡された携帯電話が鳴った。

番号を知っているのは瀬崎くらいだろう。おそらく、転校や契約に関することに違いないと思い、愛実は急いで電話に出たのだった。


『やあ、愛実ちゃん。聞いたよ、引っ越したんだってね。もう少し早く帰ってきたら、僕も和威と一緒に行けたのになぁ』


そう言ってかけて来たのは、信一郎だった。
携帯番号は公平を期するために、長倉弁護士から全員に教えられたという。愛実は、この信一郎から母が受け取った現金のことを考えていた。


『契約書の写しを見たよ。いやあ、先手を打たれちゃったなぁ。でも、個人的なプレゼントのやり取りは構わないよね?』

『あの……わたしはまだ、お話をお受けすると決めたわけじゃありませんから。贈り物をいただいても……それに、母には絶対に渡さないでいただきたいんです。先日、母に用立てていただいたお金は、将来ちゃんとお返しするつもりです』


契約書を盾に踏み倒すつもりなど全くない。それは藤臣に借りたお金も同様だった。
ただ、母にこれ以上借金を増やして欲しくないだけだ。

愛実の言いたいことが伝わったのかどうかはともかく、


『もちろん僕も、愛実ちゃんに約束を守って欲しいだけさ。デートしてくれるって約束だったよね?』


信一郎はこれから会いたいと言い出したのだ。
だが、弥生の命令で個人的な接触は控えることになったと瀬崎が言っていた。
愛実はそのことを告げるが、


『僕たちの約束のほうが先だったろう? 君にお土産があるんだよ。それを渡したいだけなんだ』


信一郎に譲る気配はない。
そして愛実にとってダメ押しとなった言葉は、


『藤臣が香港に出張中なのは知ってるよね? 彼が誰と一緒か知りたくないかい? おばあ様より先に、君に伝えたくて……。少しだけでいいんだ。会ってくれるよね?』


出張と言えば仕事のはずだ。
瀬崎はデパートの仕事と言っていた。いったい誰を連れて行くと言うのだろう。

愛実は藤臣のことを知りたいと思った。
その感情に“好奇心”と呼び名を付け、彼女は信一郎と会う約束をしてしまう。それが“嫉妬心”だと気づくのは、愛実にとってまだ先のことだった。

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