十八歳の花嫁
約一時間後、藤臣は美馬家に内緒でキープしているホテルの一室にいた。
隣には巨大遊園地があり、間違っても藤臣が出入りするとは思えない場所だ。
そのホテルの一般客には貸し出さない部屋、プレジデントスイートに愛実を連れて入る。
医者を呼び、寝室で愛実の手当てを頼んだ。
その間に女性用の着替えを用意してもらい、彼はそれを手に、寝室に足を踏み入れた。
「キャッ!」
「ああ、すまない」
愛実は胸元を毛布で隠し、医者に背中を見せていた。
室内には女性の看護師もおり、藤臣は彼女に着替えを渡して、そそくさと立ち去ろうとする。
そのとき、目にしてしまったのだ。愛実の身体の至る所に残った青紫の痣を――。
藤臣は弱者に対する暴力には、過剰に反応する。
彼自身、小さなころから様々な暴力に耐えてきた。
加害者は義父だけでなく、被害者は母と藤臣だけではない。藤臣には腹違いの妹がいた。
その妹を必死で守ろうとした幼い自分が、愛実の姿と重なる。
愛実は愚かな母を庇い、祖母や弟妹を守るために身体すら売ろうとした。
藤臣の提案に応じようとしたのも、家族のためだった。それは、瀬崎に相談した話の内容からもわかる。
藤臣は彼女を、贅沢な生活が捨て切れず、売春に走った愚かな娘だと割り切るつもりだった。
だが、そうでないなら。瀬崎が言ったように“誠実で善良な少女”であるなら……。
愛実を弄び捨てることは、自分自身を否定するに等しい。
(彼女の家族に対する思いが真実なら……俺が抱くわけにはいかない)
その考えに、彼の身体は悲鳴を上げた。
愛実のどんな姿にも、身体が反応する。
今もそうだ。痛々しい姿を目にしながら、あの傷跡に口づけ、彼女の恐怖を取り除きながら、身体をひとつに重ねたいと望んでしまう。
二十代に入ったころから、自制心と性欲のコントロールには鉄壁の自信を誇ってきた。
どんな女もダッチワイフ以上でも以下でもない。それが愛実にだけは、出会いからブレーキが甘くなっている。
愛実を手に入れたい。
だが、愛実を手に入れるわけにはいかない。
自分の中に芽生えた矛盾する感情の答えが見つからないまま……。
藤臣は結婚に向かって駒を進める決意をした。