十八歳の花嫁
扉が閉まったということは、少なくとも一度は開いたということだ。それは、部屋の中に自分以外の存在を示している。
その瞬間、愛実の脳裏に激しい音楽が流れ始めた。
自分に覆い被さる黒い影、声も出せず、指の一本すらまともに動かない。
そして、大きな男の手が彼女の頬に向かって何度も振り下ろされ……。
「いやあっ! やめて、やめて、叩かないでっ!」
愛実はおぼろげに映った黒い影を懸命に振り払った。
「私だ! 愛実、私だ。目を覚ませっ!」
それは藤臣の声だった。
「こんなところで、うたた寝する奴があるか。ひょっとして、飯も食わずに待っていたのか? 遅くなると言っただろう」
「美馬……さ、ん。美馬さんっ!」
愛実は思わず、藤臣の胸に縋り付いてしまう。直後、彼女の鼻腔を甘ったるい匂いがくすぐった。
漂ってくるのは母親が使っていた香水と同じ――ジバンシーの“オルガンザ”。
母は『官能的な香りなのよ。あなたにはまだ早いわね』と笑っていた。
「信一郎のことを思い出したか? 心配しなくていい。この部屋に入って来られるのは私だけだ。瀬崎は私たちがここにいることを知ってるが、入るなと言ってある。他は、誰も知らない」
藤臣の笑顔は変わらない。
あの事件以降、少しでも愛実の気分が晴れるように、と心を砕いてくれる。
だが、こうして抱きついても、彼女の身体には決して触れない。それどころか、彼の全身に緊張が走るのだ。彼女の方から離れて行くのをジッと待っているかのように。
愛実は悲しくなり、身体を引いてソファの上に座り直した。
「ごめんなさい。つい……怖くて……わたし」
「気にしなくていい」
藤臣はそう言いながら、愛実と三十センチほど空けて座った。
何気ない仕草でワイシャツの第一ボタンを外し、ネクタイを緩める。シャツの隙間から鎖骨が見えて、藤臣に男性を感じ、愛実は慌てて目を伏せるのだった。