優しい胸に抱かれて
□愉しい一年
 3月も残すところ半分。また、切ない季節が巡ってきた。


 広い敷地はさすが北海道、でもここは札幌の街からほんの僅かだけ離れたところ。

 車社会だからなのか駐車場は無駄に広くて、平べったい会社の3階。フロアの片隅、店舗デザイン事業部、施工管理二課。


「こっちだな…、いや、こっちの方が…。柏木、どっちがいい?」

「…島野さん、プランニングは今日なのにまだ悩んでたんですか?」

 悩ましげな頭の上にうんざり気味の声を落とす。

 島野さんは朝から微動だにしないで大人しく画面と睨めっこをしていた。低い位置に掛けられた眼鏡に、右に分けた前髪が乗っかっている。

 マウスを握る手元の粗末に置かれた書類の束のように、顔面に垂れたうざったい髪の毛を目玉クリップで綴じてしまいたくなる。

 でも、本人は邪魔くさいとは思っていないのだろう。掻き分けるわけでもなく、天井に取り付けられたエアコンから靡く暖房の温風で、猫っ毛を自由に揺らしたままでいる。


「悪かったな。だからこうして意見を聞いてるんだろうが」 

「…どっちかじゃないと駄目ですか? グレーや黒より、モスグリーンですね。グレー系がいいならスモークグレー。黒ははっきりし過ぎて重たくなるんで」

 意見を聞く人の態度ではないがこの人は私の上司だ。仕方なく答えた言葉に溜め息が混じる。

「鈍いくせに、管理係長は伊達じゃないな」

 鼻を鳴らしたかと思えば、褒めながら貶す。

 鈍いくせには余計な一言だ。と、鋭く睨むがちっともこちらには気づかないから目が合わない。
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