優しい胸に抱かれて
 みんなの元から駐車場までの間、ちらりと私を覗き込む彼は何やら焦って喋り始めた。

「…もしかして、さっきの怒ってんの? あれは…、平が悩んでて、出した案は全部却下されたって。出し尽くしたところにあの資料だろ。だから、ちょっと平の手助けをと。連絡取ったらタイミング良く旭川だって聞いて、澤井部長とは面識無いから紗希の名前を拝借して…」

 困っている平っちのために、というのは強ち間違ってはいないのだろう。昼間、相当悩んでいた平っちの姿を思い出す。

 それにしても、頭に手を当て髪の毛を手櫛で梳いた彼の動揺っぷりは、漫画の一コマみたいで嫌味の一つでも言いたくなる。

 澤井部長の元を後にしてからずっと、私は彼にむっつりとした視線を送り続けていた。


「言い訳が下手ですね」

「なっ、言い訳って…」

 冷ややかな視線を浴びせる私に、慌てる姿。澤井部長と対等に商談していた彼とは別人だった。


「先に言ってくれれば、考えまとめてたのに」

「気むずかしい人だって聞いたから、前もってあれこれ資料作るより、一緒に話しながら案を出していった方が案外スムーズなんじゃないかと思ってさ。あの資料、良くできてたし。…言い訳じゃない」

「わかりました。…そういうことにしておきます」

「いや、わかってないだろ?」

「だって…」

 過去に何度も味わった手口をこうして再現されれば、また思い出す。そして、不意打ちで後出しの手口は部長にそっくりだった。

「部長みたいです」

「ちょ、ちょっと待て。それはないんじゃないか? 自分の息子にガキじゃあるまいし、いちいち言わせるな。って、本気で説教する人と一緒にするか?」

「…え? 部長の子供って確か小学生でしたよね?」

「まだ8歳。その8歳の子供に、お父さん、僕まだガキです。って言わせる人だぞ?」

 何、そのエピソード。家でもそんなことしてるの、あの部長は。厳つい顔が頭の隅っこに浮かび上がる。私が子供だったら泣きじゃくるだろう。

 部長の子供じゃなくてよかったと。ガキじゃあるまいしって、部長らし過ぎて思わず吹き出してしまう。
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