優しい胸に抱かれて
駐車場を出た風景は、来た時とは全くの別の世界になっていた。あっちもこっちも真っ白になっている。深々と雪が降り積もっていた。
「…もうすぐ4月なのに、何だよこれは。どうりで車が暖まらないわけだ」
「旭川だけ…?」
「22時か…、この様子じゃ高速止まってそう。札幌には日付変わる前に帰れるかどうかだな」
「疲れて…」
疲れてないか聞こうとした私の前に差し出された缶コーヒー。受け取った缶はホットで、いましがた自動販売機から取り出されたかのように温かかった。
ずっと隣を歩いてきて一緒に冷えた車に乗り込んだ。どのタイミングでこれを買えたのだろう。それに、どこに忍ばせていたのか。
「いつのまに?」
「紗希がトイレでもたもたしてる間」
だって、お手洗いから出てきたのは同時だった。そう言おうとして噤んだ。
一回出て、すぐそばの自販機で買っておいたんだってわかったから。こういうさり気ないことを平気でしちゃうんだ。
「いただきます…」
案の定、降雪のため除雪作業中で高速が止まっていて、下道で帰るしか手段はなく、信号が赤になる度に停車と発進を繰り返す車。
段々と車内に暖房が行き届き、暖まってきた途端に眠気が襲いかかる。眠気覚ましの缶コーヒーは役目を果たしてはくれなかった。
欠伸をかみ殺す私よりも、運転している彼はもっと疲れているはずだった。
きっと、疲れてないか聞いても「全然」って言うのだろう。