優しい胸に抱かれて
『え…? 私が、ですか?』
『ここに俺とお前以外に、他に誰がいるんだ。出来ないならいい、そもそも期待なんかしていない』
『…やります』
『内容と予算だとかはそれに書いてある。設計図とパース図も一式これに入っている。分からないことは誰かその辺の奴に聞け。まずは、発注までの流れを一週間で終わらせろ。納期は3月31日。発注ミスは命取りだと思え』
受け取ったファイルが重くのし掛かる。不安しかない私に『やる前から弱音を吐くなよ』と、一言浴びせた前川さんが怖かった。
『はい。…失礼します』
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
真っ青になる私はぼうっと、パーティションの間を通り抜けて席に戻ろうとした。のに、またしても人に体当たりしてしまった。
『うわっ、もう…。柏木ー、頼むからビビらせんなよ』
はじかれた体が引き寄せられて、見上げると呆れた彼の顔があった。またやってしまったと、頭が下を向く。
『主任…、何度もごめんなさい』
しゅんとしている私に心配そうな声が振り落とされる。
『どうした?』
『あ…、はい。いえ、何でもないです』
『…何でもないって事はないだろ? 何を怒られたんだ?』
『いや、怒られましたけど、怒られてはいないです』
『は?』
意味不明な答えに『どっちだよ』と、眉を歪ませた。
『だ、大丈夫です』
『か…』
何か言おうとした彼を呼ぶ、前川さんの叫び声がした。私が呼ばれたわけでもないのに、肩がぴくりと跳ね上がる。
『おい、工藤っ! ちょっと来い』
『今度は主任が、…呼ばれてます。私は大丈夫なので行ってください』
『工藤ー、聞こえてんのかっ』
『…もう。はいっ、聞こえてますっ』
痺れを切らす怒声がした方へ大きく返事をして、『とにかく出入りは気をつけるように』そう言い残していった。