優しい胸に抱かれて
ああでもないこうでもないと、什器の割り出しに丸1日を費やした、次の日。
遅い昼食を取りに[なぽり]へと足を運ぶ。昼時はとっくに過ぎていたからか店は貸し切り状態だった。
『いらっしゃい、今日は何にする?』
『今日は、カレーライスで』
カウンターから覗くマスターにそう伝える。いつものようにオムライスの予定が、漂うカレーのスパイスにそそられてしまう。
小窓から道路が覗ける、いつもの奥まったところの席には先客がいた。だからって離れたところに座るのも変な気がして、彼に声をかける。
『主任、お疲れ様です』
『お疲れ』
手帳に何やら書き込んでいた彼はこちらを見上げ、手帳の上にペンを置く。テーブルに乗った半分残こしていたカレーライスの皿を手前に寄せた。
『はい、さすがに空いてますね』
『座れば?』
自分の向かいに手の平を差し出して、『どうぞ』なんて他人行儀なことをされたからか、椅子を引き出す動作がぎこちなくなった。
『主任、本村さんの案件で後で見てもらいたいものがあって…』
『見積だろ? 昨日、前川さんから聞いてる。いつ頼ってくるのかと思ってた』
だから、前川さんは私の後で彼を呼んだんだ。悪戯な笑みを浮かべた彼に私は思い切り首を振った。
『1人で最後までやってみようと思ってるので助けてもらいたいとかじゃないんです。ただ、抜けがないか心配で』
『…まさか、もう出来上がったとか?』
驚いた彼は、一度は口に運んだスプーンを皿へと戻し、口を開けたまま瞳孔を泳がした。
『設備の方はまだなんですけど、什器の割り出しは出来ました。建具表とかリストとか主任が作ってくれたものが分かり易かったから…。ただ、やっぱり心配で見てもらいたいんです』
『昨日、…何時に帰った?』
『…23時過ぎ、です』
『初日から根気詰め過ぎ。俺だって、2日は掛かるのに立場ないんだけど…』
彼の口からは呆れたような溜め息が漏れた。