優しい胸に抱かれて
 いつもと変わらない駅までの道のり、通勤路。気づけば路肩の雪はすねほどの低さになっていた。

 いくつかの色づく季節を繰り返した風景すら、感じてこなかった2年だった。

 舞い散る粉雪に手をかざしてみると、儚くすっと消えてしまう。掌から溶けた雪と引き替えに、モノクロに色褪せた記憶が淡い色をつけて蘇る。



 今から2年前の3月半ばの事。

『4月から神戸に出向が決まった。いつ戻れるかわからない』

 淋しそうな表情を見せた彼は、私が口を開くよりも話を続けた。


『別れよう』

 迷いのない真っ直ぐな瞳で、はっきりとそう言った。

 待ってる、って言おうとしたのに、別れようと先に伝えられてしまった。

『待ってる』

 それでも振り絞って、そう伝えた。


 そんな突然の別れは、いつの日か未来を語った2ヶ月後に訪れた。

『紗希? この先、喧嘩してくっついたり離れたりするかもしれないけどさ、ずっと俺の側にいて欲しいんだ』

 と、たった2ヶ月だけ薬指で輝いていた指輪は、別れを告げられるまでは定位置にあったのに、気づいた時には何処かになくなっていた。


 まるで、もう必要ないでしょう、と指輪の方から去って行ったみたいに。
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