優しい胸に抱かれて
開いたままの口を一端閉じ、また開く。
「…からかうからです」
「ああ、そうか」
そう笑い飛ばして、何でもなかったことにしようとする彼は、一変して真面目な顔をするから、その変化に私はいつだって戸惑ってしまう。
「荷物なんてさ、商品部に押しつければ誰か持って行ってくれただろうに、敢えて黙ってた。真剣な顔して部長に刃向かって、仕事に対してひたむきで真面目なところは変わってなくて。誰もいないだとか、サワイクラフトの件は単なるこじつけ。紗希の熱心な姿、放っておけなかったんだ」
放っておいてくれていればよかったのに。
そうしたら、私がどのくらい好きだったのか、わざわざ思い出さなくていいことを思い出さずにいれた。
それから、互いに一言も喋らずに、前のテールランプを追いかける彼の車は、見覚えのある角のスタンドを曲がり粛然とした路地に進入する。
「道…」
呟くような声は途中で終わる。「道、覚えてるの?」そう聞こうとして、止めた。覚えているから、ここを曲がったのだ。
送ってもらう時、いつもここから住宅街へ入っていった。それが近道だから。とっくに忘れられていると思っていた。
「…体が覚えてる」
言い掛けたことが何なのか察した彼は、求めていなかった返事に答える。
簡単に悟られて、よせばいいのに少し反抗したくなる。
「引っ越してるかもしれないじゃないですか?」
私のしょうもない反発に、不服そうに眉を歪ませた横顔は口元だけを緩ませる。
「…直帰って決まった段階で、引っ越してないのは確認済み」
「…そう、ですか」
まただ。
トクンと心が揺れた。
用意周到なのは変わらずなようで、ちょっとした気遣いがあまりにスマートだから。
もっと押しつけがましいくらいじゃないと、悪路でがたつく自動車みたいに、揺さ振られっぱなしで困る。
「…からかうからです」
「ああ、そうか」
そう笑い飛ばして、何でもなかったことにしようとする彼は、一変して真面目な顔をするから、その変化に私はいつだって戸惑ってしまう。
「荷物なんてさ、商品部に押しつければ誰か持って行ってくれただろうに、敢えて黙ってた。真剣な顔して部長に刃向かって、仕事に対してひたむきで真面目なところは変わってなくて。誰もいないだとか、サワイクラフトの件は単なるこじつけ。紗希の熱心な姿、放っておけなかったんだ」
放っておいてくれていればよかったのに。
そうしたら、私がどのくらい好きだったのか、わざわざ思い出さなくていいことを思い出さずにいれた。
それから、互いに一言も喋らずに、前のテールランプを追いかける彼の車は、見覚えのある角のスタンドを曲がり粛然とした路地に進入する。
「道…」
呟くような声は途中で終わる。「道、覚えてるの?」そう聞こうとして、止めた。覚えているから、ここを曲がったのだ。
送ってもらう時、いつもここから住宅街へ入っていった。それが近道だから。とっくに忘れられていると思っていた。
「…体が覚えてる」
言い掛けたことが何なのか察した彼は、求めていなかった返事に答える。
簡単に悟られて、よせばいいのに少し反抗したくなる。
「引っ越してるかもしれないじゃないですか?」
私のしょうもない反発に、不服そうに眉を歪ませた横顔は口元だけを緩ませる。
「…直帰って決まった段階で、引っ越してないのは確認済み」
「…そう、ですか」
まただ。
トクンと心が揺れた。
用意周到なのは変わらずなようで、ちょっとした気遣いがあまりにスマートだから。
もっと押しつけがましいくらいじゃないと、悪路でがたつく自動車みたいに、揺さ振られっぱなしで困る。