優しい胸に抱かれて
 何度か角を曲がり私の家に到着する。着いた時には日付が変わっていた。

「あの鞄、明日まで車に積んでて貰ってもいいですか?」

「何で?」

 また眉を寄せて不満そうに声を出した。

「今日使わなかったんで会社に置いとかないと…。あ、マズい…ですよね…」

 さすがに女物の、しかも着替えが入った鞄は今の彼女に見つかったら修羅場かもしれないと、話しの間に気づき「何でもないです。すみませんでした」そう謝った。

「…俺の話、聞いてた?」

「…え?」

 シートに体を投げ出して呆れ返る彼は体勢を変え、シートに左肘を付いてこちらを覗き込む。

「気づいたら終電がないとか、気づいたら3時だったとか、そんなことはどうでもいい。時間を気にして、無理しないでちゃんと帰れって言ってんの」

 後部座席に上半身を伸ばし鞄を捕まえる。降りようとする私の頭に彼の手が伸びる。ぽんぽんと撫でるように叩くと、溜め息に近いような息を吐き出した。

「鞄は積んどいていいよ、預かる。明日会社で渡すから、心配なんだろ? 着替えが会社にないと。でも、終電までには何があっても帰ること。前は終電の時間気にしてたんだから出来るだろ? わかった?」

 私の腕から鞄を取り上げて、上司らしい台詞を述べて無理矢理、返事を要求された。

「はい…」

「ゆっくり休めよ?」

「はい。疲れているのに、今日は本当にありがとうございました」

 私は上司として彼にお礼を述べる。それに応えるかのように上司として彼は何も答えなかった。
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