優しい胸に抱かれて
 そう、この人は私の上司。特別、何も関係ない人。

 これでいい。

 私が上司として接していればいいだけの話。

 雪の降っていない札幌の夜空の下、残ったセドラの芳香を消すように、春の香りに包まれる。


 過去の彼は、私の部屋の電気が点灯したことを見届けてから、車を走らせていた。


 今は、私が。

 降りるとすぐに走り出した車はあっさりと遠ざかる。赤くぼんやり浮かぶテールランプを、見えなくなるまで見届けていた。


 1日は24時間しかなくて、仕事をしていれば24時間では時間が足りないのに、たった1日。

 彼を思い出す24時間はあまりにも長過ぎて、閉じこめた感情が溢れ出そうになる。

 勘違いしちゃいけないと、逆流してくる感情を一心不乱になって塞き止める。


 瞼の裏に張り付いた過去の記憶の彼は、いつだって助けてくれるからそれに甘えてしまう。

 しつこいくらいの優しさが、しつこいくらい残っているから、泣きそうになる。
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