優しい胸に抱かれて
 こんな複雑な日はオムライス。と、[なぽり]の扉を潜る。昼時を過ぎれば席はがらりと空いている。いつもの席でオムライスを注文すれば、雰囲気だけはいつもと変わらない穏やかな昼下がり、だった。

 貰った連絡先を携帯へ入れ直していた。全部登録が終わり、ふと視線が向く彼の名前。住所は空欄だった。

 まだ部屋決まってないのだろうか、でも車は新車だって言ってたし。と、頭の中で疑問が過ぎった時。


「ここ、いい?」

「はい、どうぞ…」

 そう答えたのは条件反射。その声に気づいて慌てて顔を上げるも最早手遅れで、彼は私の向かいに腰を落ち着かせた。

 席はたくさん空いている、何もここじゃなくたって。

 なるべく見ないように、鞄から取り出したメモ帳をぺらぺらとめくる。ページをめくる音だけが聞こえて、内容は頭には入ってこない。

「あはは、そんなに緊張されたら俺が悪い事してるみたいだな?」

 って、笑われても困る。相席なんてするから、実際悪いのは…。ここに来ちゃった私か…。

 諦めて顔を上げると屈託のない笑顔があった。


「こんなに席があるのに、そこに座るからです」

 手にしたシャープペンを返し、ペン先とは違う方で向かいの席を示す。

「一人より二人で食べた方が美味しいだろ?」

「…それは、一緒に食べる相手にも寄ると思いますけど?」

「何、その微妙な敬語?」

 一緒に食べる相手ってとこを気にして欲しかったのに、敬語を気にされてしまうとは。自分の顔に並んでいるであろう二つの眉が寄せ合う。

「…一応、上司ですから」

「ああ、なるほど。そこは特にこだわらなくても」

 と、自分の眉間を指で押さえる。皺が出来てるとでも言いたそうに。


「こだわってるのはそこじゃないし。…別に、困ってないです」

「あはは、わかってるよ。紗希は嫌かもしれないけど、俺が紗希と一緒に食べたかったんだよ」

 何でもないことかのように平然と言うから、本気で困る。
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