優しい胸に抱かれて
 昨日はほとんどの時間車内だったから顔色を読まれることはなかったにしても、こうして対面となると自然と眉が寄ってしまう。どんな顔すればいいのかわからない。

 だからって、逃げていてもどうにもならない。部長の言葉を借りるなら、免疫を付けろってことなのだろう。こんなことはきっとずっとこの先も続いていく。

「…島野さん、怒ってましたよ? まだ課長は長島さんだからなって」

 仕方なく開いた口で、朝の出来事を聞かせる。そう言っておけ、と間違いなく言っていた。

「旭川行く前、島野さんに一応連絡入れておいたんだけど、帰ったら電話しろって言うから電話したら絡まれたんだよ。俺の部下をこんな時間まで連れ回しやがって、何のつもりだ。って、ムッときて、そのあんたは部下に夜中まで仕事させるのかって言い返しただけなんだけどな」

「…え?」

 何、それ。本当に茶番じゃない。言っておけって言いながら、ほんと始末に負えない。


「…あれでも一応心配してるんだよ、分かり難いけどさ。先輩として上司として、もっと頼って欲しいんだよ。島野さんだけじゃない、みんなも…」

 穏やかな表情をしてそんな言葉を落とすから、また私は困って眉間に皺を作ると、彼は「お前が言うなって顔してる」と言って、自分の眉間に指を当てる。

 まったくもってその通り、分かっているなら放っておいて欲しい。彼だけじゃない、島野さんも、みんなも。放っておいてくれないから、困っている。

「課長として、みんなを引っ張って行かなきゃいけないってプレッシャー、あの人なりに感じてるんだよ」

「それは、解ります…」

 そこで注文したメニューが運ばれてきた。バイトのさゆりちゃんがにっこりと微笑んで私の前にオムライスを、彼の前にはビーフシチューを置いた。


「紘平さん、お久しぶりですね」

「久しぶり、いつまでバイト続けるのさ? 就職できなくなっちゃうぞ?」

「今月いっぱいなんですよ、31日が最後なんです」

「そっか、3年間お疲れさま。最後来れたら来るよ」

「はい、お待ちしてますね」

 2人の会話に耳を傾けるも、頭には入っていなかった。
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