優しい胸に抱かれて
 目の前に出されたメニューに見間違いかと目を凝らし、穴があくほど凝視してみるがオムライスの皿の向こうに置かれたものはビーフシチューで、てっきりナポリタンだと思っていたら、彼が頼んだものはビーフシチューだった。
 
「…ナポリタンじゃないの? 毎日、食べなくなったの?」

「俺、そんなに毎日食べてた?」

 スポーンを手渡し、まるで毎日食べていなかったみたいな言い方をした。

 食べない日があったかもしれない。こんなことを言ったら大袈裟かもしれないが、私の記憶の中の彼は3食中どこかでナポリタンを食べていた。


「この2年食べてない」

 そう言われ、気にしなければいいのに、気になって口を開く。

「え? どうして…? 嫌いになったの?」

「嫌いになったわけじゃない。我慢してる。我慢するってどういうことか知りたかったから。一つ我慢したら何かもう一つ我慢して、知らないうちに我慢ばっか増えててさ。気づいたら何もできなくなってた。我慢するってこういうことかって…」

 我慢我慢と言う彼の台詞に、目が見れなくなって気づけば話の途中で下を向いていた。私が俯いたことで彼はその話を広げることなく、何でもなかったかのように終わらせた。


「このコースター、前と違う…。これを作った職人は思いやりがあるんだな、ちゃんとこの店の事を考えて作られている。うんうん、さすが手が込んでるな」

 息を飲む私を無視して、オムライスを頬張りながら水が注がれたコップをずらし、芝居染みた様子で敷かれたコースターをひっくり返してまじまじと見入る。

 無理矢理、話題を変えたわけではない彼はまた私を困らせた。
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