優しい胸に抱かれて
毎日夢に現れる声をどうやっても打ち消すことができず、4月2日なんてまだまだ先だと高を括っていた。
ただ一つ誤算があったとするならば、部長の話を鵜呑みにして信じたこと。そこに偽りがあったことを思いもしない私に突然それはやってきた。
「紗希、おはよう」
「よっしー、おはよう」
会社の入り口で総務部総務課で同期のよっしーこと、吉平 絹(ヨシヒラ シルク)が私の隣に並ぶ。彼女はすでに春を取り入れた桜色のスプリングコートを羽織り、差し色に橙色のトートバッグを手にしている。
背広やスーツのダーク色の中に、カラフルな絵の具を落とす彼女の姿はとても目立っていた。
「よっしー、寒くない?」
「寒いっ! 春はちょっと早かった?」
「うん。でも、そのバッグの色、いい感じ。コートと合ってるよ」
「ありがと。紗希が言うなら間違いないわね、でも。寒ーい」
二人して身震いをしながら社員通用口を抜けたところで、ふと足が止まる。
「…紗希?」
不思議そうな顔を向けたよっしーに、ぎこちない愛想笑いを返す。
残り香だろうか。私の鼻腔を見つけてふわっと擽る。
それは知った香りだった。
「…なんでもない」
まさか、あり得ないと首を左右に振って一歩踏みだそうとした片足は、後ろを振り向き驚いた表情を見せるよっしーによって遮られた。
「後ろにいる…」
私に抱きつくように近づいてきて、小声で耳打ちしてきた。
当然、私は振り返ることも確認することもできなかった。私にはそれが誰なのかわかっていたから。
ただ一つ誤算があったとするならば、部長の話を鵜呑みにして信じたこと。そこに偽りがあったことを思いもしない私に突然それはやってきた。
「紗希、おはよう」
「よっしー、おはよう」
会社の入り口で総務部総務課で同期のよっしーこと、吉平 絹(ヨシヒラ シルク)が私の隣に並ぶ。彼女はすでに春を取り入れた桜色のスプリングコートを羽織り、差し色に橙色のトートバッグを手にしている。
背広やスーツのダーク色の中に、カラフルな絵の具を落とす彼女の姿はとても目立っていた。
「よっしー、寒くない?」
「寒いっ! 春はちょっと早かった?」
「うん。でも、そのバッグの色、いい感じ。コートと合ってるよ」
「ありがと。紗希が言うなら間違いないわね、でも。寒ーい」
二人して身震いをしながら社員通用口を抜けたところで、ふと足が止まる。
「…紗希?」
不思議そうな顔を向けたよっしーに、ぎこちない愛想笑いを返す。
残り香だろうか。私の鼻腔を見つけてふわっと擽る。
それは知った香りだった。
「…なんでもない」
まさか、あり得ないと首を左右に振って一歩踏みだそうとした片足は、後ろを振り向き驚いた表情を見せるよっしーによって遮られた。
「後ろにいる…」
私に抱きつくように近づいてきて、小声で耳打ちしてきた。
当然、私は振り返ることも確認することもできなかった。私にはそれが誰なのかわかっていたから。