優しい胸に抱かれて
次の日、プランニングの帰り道。日下さんのご機嫌な笑い声が車内に響く。あの日下さんが目元に皺を作り笑っていた。初めて見た笑顔だった。
『…分かってたんですか?』
『さあ? 分かっていたようなわかっていなかったような』
『分かってたんですね。だったら最初から言ってください』
『分かってたら言ってる、最初は分かってなかったんだよ』
『いつからですか?』
『途中から』
その途中っていうのを知りたいのに、なかなか教えてくれなかった。
結局、先方は最初にこちらが提示したデザイン案でやってほしいと言ってきた。
私には寝耳に水だった。でも、日下さんはわかっていたような当然な様子を見せていた。
『ありがとうございます。ですが、妥協で決められてしまうのはこちらとしましても不本意ですので、そうですね。…休み明けにもう一度伺います。その際に最終確認して宜しいでしょうか?』
なんて普段の日下さんとは想像も付かないような、あまりにも落ち着いた態度で白い歯を見せたのだった。
『…言いたくないが、これはお前のおかげでもある』
『え…?』
私は何もしていなかった。それなのにお前のおかげでもあるって、意味が通じない。
『物わかりの悪い女だな。だからみんなに鈍いって言われるんじゃねぇのか』
そう吐き捨てられた言葉は想像していたものではなく、ものすごく違う答えが返ってきたから、私は困り果てた。
『これじゃ、苦労するな』
なんとも楽しげな笑い声を上げる。なんのことか分からない私は首を捻り、どちらかと言ったら分かろうとする頭の中が苦労していた。
『建築士としては俺なんかはまだまだ駆け出しだ、若いってだけでなめられる。こんな若い奴に頼んでいいのかってな、特にお前はそれでなくたって頼りねぇのに、そのふざけた顔ってだけで損だ。駄目出しされていたのは俺らの腕とか熱意とかそういったものを試されていただけだ。他にも設計事務所は山ほどある中で、うちの会社に依頼をしてきたクライアントの要望に、全力で応えなきゃいけない』
ふざけた顔と、さりげなく。いや。日下さんの場合は悪意を込めている気がする。でも、私は黙って聞いていた。あの日下さんが珍しく声にリズムを乗せていた。