優しい胸に抱かれて
『お前はずっと最初の案を推していただろ。別の案が出たあとで、最初の案がインパクトあるから想像が膨らまないですね、頭柔らかくして明日、出直します。ってお前が毎日言ってただろ。それが引き金だ』
『え…? それで、思ったことだけをって…?』
クライアントのニーズに応えるのは当然のこと、可能な限り応える。色や物を変え案を出し切り具体的に話が進まず、落胆を隠した笑顔で帰り際にそんなことを言っていた。
ふと見た最初のデザインがプラージュの店舗にはぴったりだと、思わずにはいられなかった。
そんなことが引き金になるだろうか。そうではなく、やっぱり最初のデザインがすごかったから。日下さんのデザインが奇抜だったからだと思っていたのに拍子抜けしてしまう。
『後から出したのだって別に手を抜いた訳じゃない、いくつか候補があっただろ。だけど、それでも最初のデザインで。って、なったのは紛れもなくお前のアホみたいな素人発言のおかげだ』
褒めているのだろうが、どうみてもけちょんけちょんに貶されている気がする。
やっぱり、日下さんは日下さんだった。
『信念が通じただけだ。単細胞のお前に、周到な駆け引きができるか。紛れだからな、自惚れるんじゃねぇぞ』って、最後に付け足した。
『大丈夫です、自惚れるほど経験がないです』
『ニタニタして気持ち悪ぃな』
そう言う日下さんもニコニコしていた。反論しようと開けた口をまた閉じた。ご機嫌で鼻歌なんか口ずさむ日下さんを見ていたら、このままにしておいてあげようと。私が喋れば、またご機嫌斜めになるだろうと。
日下さんが『早く自分たちのいるところまで追いついてこい』と、実際思っているかどうかは分からない。
ただ、日下さんだけは私への接し方に悪意があるような気がしていたから、『お前のおかげでもあるんだぞ』そう言われて、ちょっぴり嬉しくなった。
ただ、私は何にも解っていなかった。
この時、日下さんは私に大事なことをきちんと見せてくれて教えてくれていたってことを、何にも理解できていなかった。